2010年度版、アップしました。(2011年1月15日)


by lunaluni

阪本直子・選 2003年度

 「陰摩羅鬼の瑕」京極夏彦

 キャッチコピー「あの“夏”の衝撃が蘇る」って、そういうことだったんですね。「信用ならざる語り手」というミステリの叙述トリックのパターンに、こんなやり方があったのかと心底驚かせてくれた『姑穫鳥の夏』。今回は更にその上を行ってます。しかも例によって例のごとく、いやんなっちゃうぐらいのフェアプレー。すれっからしのミステリ読者にとっての最大の喜び、しょっぱなからもうあからさまに提示されている真相をまんまと見逃してしまう、をとことん堪能させてくれます。
 しかもこの手は2度使い不可能。パターンとして他の作家がアレンジすることは絶対にできません。『オリエント急行殺人事件』や『そして誰もいなくなった』を2度やれないのとおんなじです。京極夏彦、凄過ぎるぜ。

 「不良少年の夢」,「ヤンキー母校に生きる」義家弘介

 実は、純然たる「読者」として推してるんではなかったりするこの2冊。出版社がこの著者に目をつけるモトとなったであろう「ヤンキー母校に帰る」(竹野内豊のドラマじゃないよー。ドラマの原案になったドキュメンタリーの方です)、及びこれにつながる一連のHBC北海道放送制作「北星余市高校シリーズ」。これのディレクター氏と面識があるもので、どうしても思い入れがあるのです。
 活字中毒者の要求水準に達する本じゃあないかもしれません。しかしたとえがいきなり大袈裟になりますが、震災被害者の手記とか被爆者の描いた原爆の絵とか、「素人で下手だから駄目」とは言わないでしょう。この本もそういうもんだと思うわけでありますね。
 ご存じの方もいるでしょうが、北星余市高校は全国から中退者(早い話、大半が不良と問題児)を受け入れて15年になります。別に「ウチで更生させてやる!」なんてんじゃない。生徒数が減って学校が立ち行かなくなりかけて、それならいっそ、と始めた賭け。ところがこれがうまくいってるんだからねえ。むしろ以前の学校の方に問題があったんじゃないの? と思えてくる。
 この学校のことを考えると、獣木野生のマンガ「星の歴史」の中のこんな台詞が思い浮かびます。「今ここに紙クズが投げ込まれたとして、奴がその紙クズにあいさつするとこを考えてみなよ!くそまじめな顔で、やあってな。クズだって飛びあがって人間にならねえわけにはいかねえぜ!」

 「小さな花」加藤周一

 タイトルがこうなら、本自体もちっちゃい。薄い。しかしめちゃくちゃ中身が詰まってます。エッセイがあって、評論があって、翻訳があって……まさにお買得・加藤周一。
 いま読んでる新刊本の中に戦争についての記述が出てくると、ついついイラクやアフガンのことかと思ってしまいそうになるんですが、実は文章の初出は40年も50年も前だったりするからぎょっとさせられます。つまりこの時著者の頭にあったのは、朝鮮戦争後の日本の再軍備への懸念だったりする訳ですね。決して小泉内閣についての警鐘じゃない。にも関わらず、ブレヒトの翻訳なんぞが今のこの状況にぴったり合てはまって読めてしまう、なんていうのは……情けないと言うべきか、怖いと言うべきか。


 「世界を食いつくせ!」アンソニー・ボーデイン

 続『キッチン・コンフィデンシャル』、というか、もうあからさまに後追い本、柳の下のドジョウ狙い。外国へ行って、いろんなものを食いまくる、ただそれだけ。ところがこれが面白い! 前作同様、アドレナリン出まくりのリビドー全開です。
 とにかくこの人は目線が低い。フランス料理の複雑さを「必要に迫られて、のことだ」と一言で言ってのけたのにはちょっと目から鱗が落ちた。「地球上のほとんどの地域では、食べられるものであればどんな小さなかけらさえ無駄にできないのだ」という彼は都会のベジタリアンが大嫌い。自分もシェフのくせにレストランで煙草が吸いたくて我慢できなくなる。モロッコではハシシなんかやっている。ベトナムの屋台でフォーを食っていい気分のまさにその時、アメリカのナパーム弾で大火傷を負った人を見てしまってショックを受け、BSE騒ぎ真っ只中のイギリスでは、スープに牛骨が使えないなんてと文句を言う。メキシコの田舎料理に感激し、冷蔵庫の普及が怠惰と妥協を生むのだと主張する。
 ここで間違っても女性と家事労働の問題を持ち出したりしないように。著者の関心は「食い物が美味いかどうか」だけなのです。明快。
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by lunaluni | 2007-12-22 22:25